翻訳家によるコラム「分子生物学・バイオ技術・環境コラム」

高橋翻訳事務所

分子生物学・バイオ技術・環境コラム

分子生物学・バイオ技術・環境コラム一覧へ戻る

2013/01/09
異常プリオンが正常プリオンを異常化する狂牛病

生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。

狂牛病(牛海綿状脳症:BSE[Bovine Spongiform Encephalopathy])は、牛の脳に小さな隙間がたくさんできてスポンジ状になる病気です。プリオン(prion)というタンパク質の構造が異常になることが原因と考えられています。プリオンそのものはヒトを含む健康な動物の体内に存在しますが、異常プリオン(abnormal prion)に感染すると、異常プリオンが正常なプリオンを次々と異常化し、脳の細胞を死滅させていきます。潜伏期間は2〜8年と幅が広く、発症すると食欲減退(decreased appetite)、神経過敏、麻痺、起立不能などの障害が起き、2週間から6ヶ月で死に至ります。異常型プリオンは狂牛病に感染したウシの脳、眼、脊髄、小腸の末端部分に多量に存在します。

狂牛病は人間に感染しないという報告もありますが、人間の海綿状脳症である変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(variant Creutzfeldt-Jakob disease)を引き起こす疑いがあるため、各国で牛肉の取り扱いに関する規制が導入されています。

狂牛病はウシに与えた肉骨粉(bone-and-meat feed)という飼料が原因と疑われています。肉骨粉の原料はウシやブタなどの家畜を解体して出る余った部分です。この肉骨粉に異常プリオンが含まれていたのです。ウシは草食動物ですが、動物性タンパク質を多く含むウシの肉骨粉を飼料に加えると、成長が早くなります。このように、肉骨粉は低コストでウシを早く育てることができるため、家畜の飼料として使われてきたのです。現在は、肉骨粉をウシの飼料に使うことは禁止されています。

異常プリオンは特定の危険部位以外には大量に含まれていないと考えられています。しかし、ウシを解体するときに危険部位そのものや、危険部位の血液が混入する可能性があるため、狂牛病に感染したウシはすべて処分されます。

加工食品に使われている牛エキスなどは肉や骨、皮などが原料ですが、危険部位は味を損ねるなどの理由から使われていません。また、多くのものは燃焼処理やアルカリ処理(alkali treatment)をしているので狂牛病感染の恐れはほとんどありません。しかし、輸入牛肉では、危険部位が適切に処理されていなかったという事例もあり、すべてが安全とは言い切れません。

マウスなどを使った動物実験では、異常プリオンが比較的少量でも感染することが確認されていますが、ヒトへの感染は実のところよくわかっていません。狂牛病がヒトに感染する証拠は希薄としている研究者もいます。仮に異常プリオンを含む肉を食べたとしてもその人が狂牛病に感染する確立は宝くじの一等賞が当選するよりはるかに低いとされています。


分子生物学・バイオ技術・環境コラム一覧へ戻る