翻訳家によるコラム「分子生物学・バイオ技術・環境コラム」

高橋翻訳事務所

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2013/01/08
抗エイズ薬は開発できるか

生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。

エイズ患者は減少のきざしをみせていません。その治療費は個人の負担に耐えるものではなく、先進諸国はエイズ対策に膨大な金額を投入しています。当然ながら世界の製薬企業は、より効果的なエイズ予防薬や治療薬の開発にしのぎを削っています。最も効果のある予防法はワクチンですが、エイズのウィルスは遺伝子が変異しやすいため、効果的なワクチンがつくりにくくなっています。さらに血液中で抗体とウィルスが共存する特殊な性質をもっているので、ワクチンで抗体をつくってもエイズ感染の予防は困難です。こうした未解決の問題はありますが、エイズ予防ワクチンの開発研究は世界の製薬企業で続けられています。

一方、エイズ治療薬については、このところかなり効果のある薬剤が開発されています。要は人間の細胞内に入り込んだウィルスが増殖し、外へ出て行くまでのプロセスのどこかをブロックすればよいのです。ウィルス侵入の第一段階、細胞へのウィルス吸着をストップさせる薬は、現段階では有効なものがみつかっていません。また、細胞侵入後に、ウィルスの殻から遺伝子をもつ核酸(nucleic acid)が外へ出るのを抑える薬は、研究が続けられているものの実用化にはほど遠いのが現状です。

しかしながら、殻の外へ出た遺伝子の複製を妨害する逆転写酵素阻害薬は、有望なものが開発されています。グラクソ・スミスクラインのレトロビル、エピビル、ザイアジェン(ziagen)、ブリストル、マイヤーズスクライブのヴァイデックス(videx)、ゼリット、ハイビッド、ストックリンなどです。

もう一つ、ウィルス自身のもつタンパク分解酵素で、ウィルスの増殖に必要なプロテアーゼの働きを妨害する薬は、クリキシバン(crixivan)、ビラセプト、インビラーゼ、そしてノービアなどが開発されました。また、逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬との併用で、症状の進展はかなり抑えられるようになりました。

開発の進むエイズ治療薬ですが、製薬会社にとって頭の痛い問題が浮上してきました。国民所得の低い発展途上国の人々にとって、抗エイズ薬は高嶺の花なのです。そこで、エイズに苦しむ南アフリカ共和国政府が、特許制度を無視して抗エイズ薬を製造する働きに出たのです。加えてブラジル政府が抗エイズ薬2剤の特許権取り消しを警告するなど、ことは特許権に波及してきました。

こうした製薬業界への強い風当たりに、グラクソ・スミスクライン、メルク、ブリストル・マイヤーズスクライブ(Bristol-Myers Squibb)の各社は、サハラ地帯のアフリカ諸国を対象に抗エイズ薬の値下げに踏み切りました。引き下げなければ、企業の知的財産権が侵害されるとの危機感からです。しかし、より有効な薬が開発された時には、同様の混乱が再び起こることが予想されます。


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