生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。
エタノール発酵(ethanol fermentation)は一般的には古くからアルコール発酵と呼ばれてきましたが、微生物の発酵代謝産物として生成するアルコール類には、エタノール以外にブタノール、イソプロパノール(isopropanol)、イソアミルアルコール、グリセリンなど多くあります。
酒類の発酵、すなわちエタノール発酵は歴史的には数千年前の古代文明にさかのぼることができます。また、エタノールが酒類から蒸留濃縮されることは古く中国、アラブ世界で発見され、中世には蒸留酒がつくられ、エタノールの純度も上がり医薬として使われるようになりました。近世ヨーロッパでは産業革命の中で溶媒や化学原料としての需要が生じ、エタノールの製造は最初の化学工業として発展し、蒸留技術を始め多くの科学技術を育てる基礎となりました。この間に微生物学(microbiology)や生化学(biochemistry)も長足の進歩を見せ、1857年にはフランスのパスツールにより発酵が微生物によって起こることが証明され、また、酵母サッカロミセス-セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)がデンマークの微生物学者ハンゼン(Hansen)によってビールのもろみから初めて純粋分離されました。さらに、1897年にはBuchnerによって無細胞系でも発酵が起こることが証明され、解糖系酵素の解明につながっていきます。
20世紀初めにデンプン質の糖化(glycosylation)に使われたのは麦芽(malt)またはアミロ菌であり、現在のクモノスカビ(Rhizopus stolonifer)と呼ばれる糸状菌(filamentous fungi )は以前はアミロミセスと呼ばれていたため、アミロ菌と呼ばれていますが、強力なアミラーゼ活性を有しています。ビール、ウィスキーの醸造には麦芽の糖化力を利用しますが、発芽時の麦には強いアミラーゼが含まれているので、西欧ではこれを酒類の醸造に用いてきました。第1次大戦から第2次大戦にかけてエタノールの需要は増大し、10%エタノールを含むガソリン(ガソホール)がヨーロッパでは広く使われました。国内では1899年に馬鈴薯を原料とし麦芽糖化法によるエタノール工場が北海道に建設されました。次いで台湾、および国内に輸入されたアミロ法が日本古来の清酒醸造技術である麹菌(aspergillus)の液化アミラーゼを応用して改良されたことにより、糖化型アミラーゼが強く、液化型アミラーゼの弱いアミロ菌の弱点を改良し、デンプン質の仕込み濃度を上がることが可能となりました。麹も固体ふすま麹から液体麹を用いるようになり、アミロ液体麹折衷法として技術的に完成しました。また、日本統治下の台湾における製糖業の発展とともに、大量に出る糖蜜を原料とするエタノール製造と発酵技術の研究が発展し、1909年には台湾総督府中央研究所が創立され、中沢良治らにより糖蜜用優秀酵母としてSaccharomyces cerevisiae 396が分離報告されています。現在でも新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO開発機構)アルコール事業本部のアルコール工場で発酵生産に使用されている酵母はその酵母をもともとの親株としています。
醸造と発酵に関わる文化と技術の違いは、酒の原料と風土の違いとも関連していてたいへん興味深いです。
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