生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。
麻薬(narcotic)はその強力な鎮痛作用(analgesic effect)と陶酔感(euphoria)さらに多幸感をもたらすために、医療分野においてはガン患者(cancer patient)の痛みを軽くして、末期患者(terminally ill patient)の生活の質を維持する上で必要不可欠な薬剤および医薬品です。世界保健機関(WHO:the World Health Organization)からも、その積極的な投与がすすめられています。主に内臓(internal organs)など体の深部から起こってくるような痛みを強力に抑える働きがあります。その点がアスピリン(aspirin)などの、主に体の表面の痛みに効果があるものとの違いです。医療分野では手術の際の有用な麻酔薬としても用いられています。
しかし、一方で麻薬は人間の心をとらえ、惑わし、最後には廃人(disabled person)にしてしまうという強力な副作用と薬物依存性(drug dependence)をもっています。医学で用いられる「薬物依存性」という言葉は、快楽のために薬物を常用し、それが習慣性になるだけではなく、次第に使用量も増え、やがては薬物なしでは生きられない体になってしまうということを意味します。薬物依存性になると、使用を中止した際に呼吸困難、知覚異常、精神錯乱などの身体的依存性を引き起こしたり、コカイン(cocaine)では特に、薬物を手に入れるためなら手段を選ばない、というような精神的依存性から犯罪の原因になったりします。
また、麻薬を大量に服用したときは、意識障害や昏睡(coma)から呼吸活動が抑制されることになり、ただちに救命救急処置が行われなければ死に至ります。従って日本ではモルヒネやヘロイン、コカインやペチジン、およびLSDなどの麻薬は麻薬取締法によって、またLSDの親戚の大麻(cannabis)は大麻取締法によって規制されています。
麻薬の代表的なものはケシ(poppy)の未熟の果皮(pericarp)から分泌される乳液を乾燥したアヘン(opium)です。その主成分はモルヒネ(morphine)で、医療分野ではギリシャ時代から鎮痛目的に使用されてきたという歴史があります。中国への密輸入をめぐって起こった清とイギリスとの戦いはアヘン戦争としてよく知られています。このように麻薬の歴史は古いのですが、その鎮痛作用が細胞のオピオイド受容体(opioid receptor)に特異的に結合して発揮されることが医学的にわかったのは、1970年代に入ってからです。さらに生体自身の下垂体(pituitary)、視床下部(hypothalamus)、副腎皮質(adrenal cortex)、消化管などでモルヒネ様活性を持つβ-エルドルフィンなどの内因性オピオイドペプチドが合成されていることや、鍼麻酔のときにこれが関係していることも明らかとなりました。医学分野におけるこれらの研究のおかげでナロキソン(naloxone)という麻薬拮抗薬ができました。また、より依存性の少ない麻薬の開発研究も盛んに行われています。
一方、大麻はクワ科の一年草である大麻草の葉や花を乾燥させたもの、LSDは麦角菌のアルカロイド(alkaloid)から合成したもので、これらは、物が歪んで見えたり夢の中の心地になってり、神秘体験のような幻覚作用を引き起こすために依存性も強いのですが、作用の仕組みは未だに明らかとなっていません。
医学分野における開発も重要ですが、南米諸国からのコカイン密輸入、外国人によるアヘンやヘロイン、大麻の国内持ち込みおよび密売の事件は跡を絶たないため、麻薬の乱用を防ぐことにも力を入れる必要があります。
|