翻訳家によるコラム「分子生物学・バイオ技術・環境コラム」

高橋翻訳事務所

分子生物学・バイオ技術・環境コラム

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2011/10/03
足元の微生物

生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。

「微生物(microorganism)は何種類いるのか?」という問いに答えることは、微生物学者(microbiologist)にとっても難しいと思います。そもそも「種」という概念は、動植物の特徴から決められたものです。お互いに異なる性質を持っていれば、別の種ということになります。

ところが、細菌(bacteria)などの多くの微生物は単細胞生物(unicellular organism)であり、分裂によって子孫を増やすので、「生殖能力(reprodutive performance)の有無」といった概念が当てはまりません。したがって、動植物と同じ感覚で種を考えることができないのです。

さらに、微生物の形や色などの外観はバリエーションに乏しく、見た目で区別することが困難です。カビの仲間は比較的バリエーションがあり、外観的特徴で区別できますが、細胞に至っては全くお手上げになります。これでは仕方がないということで、遺伝子を調べて、とても似ていれば同じ種ということになります。「どのくらい似ていれば同種か?」は、研究者の考え方や比べ方によって異なるそうです。どのくらい似ているかをある値で決めてしまうと、そのちょっと手前の値を示す微生物は違う種となってしまいますね。とても微妙な感じです。

「種の概念」という問題と同じくらい難しいのが、「微生物の数」という問題です。微生物の正確な数を数えるのは、極めて難しくなります。衛生学や医学などでは、栄養を含む培養液で微生物を培養して、その数を計測しています。しかし、すべての微生物が増殖できる培養液を作ることはできません。また、微生物が増殖できる培養条件、たとえば酸素の有無、温度やpHなども微生物によって異なります。場合によっては、100種類以上の培養液や培養条件の組み合わせが試されることもあります。

「培養できない微生物」も悩みの種になっています。遺伝子を調べると、存在しているはずなのに、どうしても実験培地で増殖してくれない微生物がいます。培養液(culture medium)や培養条件が不明というせいもあるかもしれないのですが、細胞分裂(cell division)に時間がかかるとも考えられています。培養できない微生物は全微生物の90%以上を占めると言われているため、何とか培養できる微生物の10倍以上の微生物は全く未知の生命となります。

日常で目にしている畑、公園、庭などの土壌中に、あるいは河川や湖沼の水の中に、そして海水の中に、莫大な数の「未知の生命」が生きているのです。頑張れば、誰にでも新種発見のチャンスがあります。


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