生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。
mRNAの概念がまだ確立していなかった時代、DNA上にある遺伝情報を使って、どのように翻訳が行われているのかは、大きな謎でした。当時は、翻訳がDNA上で直接起きるのではなく、リボソーム上で起きることなど、概略的なことしかわかっていませんでした。
アメリカの生化学者であるレーニンバーグは、大腸菌の細胞破砕液を分画し、14Cで標識したアミノ酸が高分子(タンパク質)に取り込まれることを指標にして、試験管内に翻訳系を作りました。そして、ここに種々のRNAを加えると、翻訳が増加することを見つけました。また、ここにウラシル塩基がたくさんつながった合成RNAを加えると、フェニルアラニンのタンパク質への取り込みが劇的に増加することも発見しました。これは、ウラシル塩基がフェニルアラニンの暗号として使われる可能性を示した最初の手がかりでした。1961年のことです。
その頃、遺伝暗号は3文字であることが妥当とする見解があり、mRNAも発見されました。さらには、リボソーム、アミノアシルtRNA(アミノ酸が結合したtRNA)、遺伝暗号を担う短いRNAの三者の正しい組み合わせを見つける簡便な検定法も開発されて、人工RNAを用いた暗号解読競争が加速し、1964年までにはすべての暗号解読が終了しました。
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