音楽翻訳担当の池上です。
前回、ジャズのアドリブについて書かせていただきました。今回はその続きです。
前回のコラムの中で、ジャズ(Jazz)のアドリブ(即興演奏/ Improvisation)における、主題(Theme)のメロディの重要性について書きました。ある本の中で、その技術がアメリカのジャズ・シーンでいかに重要と思われてきたかが逆説的に分かるくだりがありました。『マイルス・デイヴィス「カインド・オブ・ブルー」創作術』(Kind of Blue - The Making of The Miles Davis Masterpiece, by Ashley Kahn)という本です。
これはタイトルからも明らかなように、トランペット奏者マイルス・デイヴィス(Miles Davis)が1959年にリリースした名盤『カインド・オブ・ブルー』(Kind of Blue)の制作過程を追ったノンフィクションです。
ここで同作が生まれた背景を説明しておきます。当時のジャズは、ビ・バップ(Be Bop)以降のアプローチとして、曲のコード進行(Chord Progression)に基づいた音をいかに瞬間的に選び出して、アドリブとしてクオリティの高いものにするか、ということが競われているような状況でした。そんな中でコード進行がどんどん複雑になるなど、技巧が優先されてしまうような状況にありました。
マイルスはそんな状況を打破し、ミュージシャン(Musician)がもっと自由に演奏できるスタイルを作るべく試行錯誤を繰り返し、その結果生まれたのが「モード・ジャズ(Mode Jazz)」というスタイルでした。これは、複雑化する一方だったコード進行を排し、シンプルな音階(Scale)だけを設定して、あとは演奏者の自由にまかせる、という方法です。そんなモード・ジャズへの取り組みのひとつの頂点が、『カインド・オブ・ブルー』だったというわけです。
このときのマイルスのグループは、テナー・サックス(tenor saxophone)のジョン・コルトレーン(John Coltrane)やアルト・サックス(alto saxophone)のキャノンボール・アダレイ(Julien “Cannonball” Adderley)、ピアノ(piano)のビル・エヴァンス(Bill Evans)などからなる六重奏団(sextet)でした。モード・ジャズの手法が生み出されて以降、特にコルトレーンとキャノンボールのアドリブ・ソロはどんどん長くなり、一方で彼らの演奏に対して「これではどの曲をやっても同じになってしまうではないか」という批判が出された、ということが上記の本の中で書かれていました。
つまりこれは、それまでのジャズのアドリブにおいて、曲のメロディなどの要素をいかにうまくソロの中に織り込んでいくか、ということが重要視されていた、ということでしょう。もちろんマイルスは、そういう技巧が行き過ぎていると感じたからこそモード・ジャズをはじめたわけですから、そんな批判は意に介さなかったようです。
これは、前回触れたような、コード進行に合わせたフレーズを準備して当てはめていく、という「良くない」とされるやり方とはまったく位相が異なることは言うまでもありません。しかし、こういう話からも、ジャズにおいてテーマをどう料理するか、ということがいかに大切なことかが分かるのではないでしょうか。
今はネット時代になったこともあって、一昔前とは比べものにならないくらいの量の情報が手に入るようになりました。それはジャズの世界でも同じです。YouTubeなどを見ると、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)のようなレジェンド級の大物のレクチャーを見ることさえできようになりました。このような状況のもと、日本のジャズのレベルもさらに上がるのではないか、と期待されるところです。
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