医学翻訳、学術論文翻訳、音楽翻訳担当の池上です。
今回は、みなさんが日ごろ聞いている音楽の「音質」について考えてみたいと思います。
先日ロック・シンガーのニール・ヤングがある記者会見の場で「最近の音楽の音質には少々困っているんだ。俺は気に入らない。とにかく腹が立つ。これは音楽自体の質の問題ではない。俺たちは21世紀に生きているというのに、音質は史上最悪だ」と発言し、日本のネット上でも少々話題になりまし
た。彼が取り上げている音質の問題が、mp3ファイルによる音楽配信にかかわるものであることは言うまでもありません。
AppleのiPodをはじめとしたmp3プレイヤーはもうすっかり普及したと言えるでしょう。すでに「音楽を買うのは配信だけ、CDは買わない」と言う方もけっこういらっしゃるのではないでしょうか。実際、欧米では今や音楽の音源販売は完全に配信が中心となり、大手CDショップの経営が成り立たなくなるケースが続出しています。日本も、欧米ほどではありませんが、やはりCDの売り上げは大きく落ちています。
しかしここで問題になるのが、上記のヤングの言葉にある、音質の問題です。圧縮ファイルであるmp3は、CDと比較して音質が大きく低下します。高音も低音もプアになり、広がりも感じられなくなります。これはデータを圧縮している以上、どうにもならない問題です。
また、mp3自体の音質の問題と同時に、音楽制作の場でも大きな変化が起きています。いわゆる「音圧競争」です。これは英語でも「Loudness War」という言葉が存在するように、音楽制作の場では世界的に問題になっていることがらです。これは楽曲の音の迫力を出すために低音を無理に持ち上げる
などの加工をして「音圧」をあげる音づくりの流行現象をさしている言葉です。配信が中心になることでLPやCDの時代の「アルバム」という単位がなくなり、一曲ごとの販売が中心になっている現状の中で、ユーザーにアピールするために売る側がこういう音作りを選択しているわけです。
しかし、専門的な技術の説明は省きますが、このように無理に「音圧」を上げる加工をすると、やはり「音質」は大きく損なわれてしまいます。不自然な加工をしているのですから、当然といえば当然のことです。
ヤングは上記の言葉に続けて「もし君がアーティストで、何かを作ったとして、マスター音源は100パーセント素晴らしいものなのに、購買者にはその5パーセントしか届けられないとしたら、良い気がするか?」と言っています。これはけっして大げさではなく、音圧を上げる加工と圧縮ファイルに落とすことで、元の音源の音質はそれくらい大幅に損なわれているのです。
もちろん、配信で音楽が手に入る便利さというのは、大きなメリットでしょう。オーディオ・マニアならともかく、一般のリスナーはそこまで音質にこだわらないということもあるでしょうし、日本の住宅事情を考えれば、誰もがオーディオ・マニアのような「いい音」を聞く環境を得られるわけでは
ないことは動かしようもない現実です。
しかし、配信への以降という動きは、便利にはなったが、音楽を向上させる方向には向かっていないという現状については、もっと多くの人に考えてほしいと、音楽を愛する者の一人として願うことが多くなっています。 |