高橋翻訳事務所でアート分野の翻訳を担当している佐々木と申します。今回は新型コロナウイルスの影響を受けるアート業界についてです。
4月25日に東京都、大阪府、京都府、兵庫県に対して出された3回目の緊急事態宣言(state of emergency)ですが、当初の予定では5月11日までとされていました。しかし、ゴールデンウィーク後も感染者数の増加が止まらないため、5月31日までの宣言延長と愛知県、福岡県の追加が決まりました。また、北海道、岐阜県、三重県がまん延防止等重点措置の実施区域となり、その他にもまん延防止等重点措置を要請する県が出てきています。その後、5月14日には北海道、広島県、岡山県、5月21日には沖縄県への緊急事態宣言の発令が決まるなど、大都市から地方に広がる感染の連鎖に歯止めがかかっていません。東京都知事はゴールデンウィーク中、東京都へは来ないようにと会見で繰り返し話していましたが、実際には東京都民が周辺地域の観光地や商業施設に押し寄せており、今回の感染範囲拡大の一因になっているとの指摘もあります。
1年以上も続くコロナ禍の影響でさまざまな産業が苦境に陥っていますが、なかでもアート業界は大きな打撃を受けている分野の1つです。昨年3月に新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、美術館での展覧会だけでなく、地方で開催されるアート関連のイベントや演劇、舞台の公演も中止や延期が相次ぎました。緊急事態宣言などで休業や時短営業する飲食店には協力金が支給されますが、アート業界への補償は十分と言えません。このような状況を乗り越え、各団体の権利や利益を守るために、演劇興行や演劇を製作する企業、劇団、劇場などが「緊急事態舞台芸術ネットワーク(Japan Performing Arts Solidarity Network)」を設立し、アンケートを行ったり、公演における感染予防対策のガイドライン作成、個別サポートの提供などを実施したりしています。また、日本俳優連合(Japan Actors Union)も内閣府(Cabinet Office)と厚生労働省(Ministry of Health, Labour and Welfare)へ要望書を提出し、演劇やイベントのキャンセルに伴う業界の窮状について訴えてきました。
このようにアート業界を取り巻く環境は依然として厳しいですが、毎年ゴールデンウィークに茨城県笠間市で行われている陶器市「陶炎祭(ひまつり)」のケースをご紹介します。昨年は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、年収の約半分がこのイベントでの売り上げという陶芸作家もいることなどを踏まえ、今年は2年ぶりに開催されました。一昨年までは数十万人が来場する大規模なイベントとして定着していましたが、今回は1日5,000人の入場制限を設け、入退場ゲートで検温や消毒を行い、感染者通知システムへ登録したり、レジャーシートの使用を禁止して飲食は特定の場所に限定したりするなど、さまざまな感染対策が取られました。笠間市と並んで陶器が有名な栃木県益子町でも、ゴールデンウィークに予定されていた「益子春の陶器市」が中止となり、その代わりに「益子モノ市」が初めて開催されました。5月の毎週末に約40のテントが出店し、週ごとに出店者も変わるため、さまざまな陶芸家の作品に出会えるチャンスとなっています。入場者数は500人に制限し、来場前の事前予約を推奨するなど、感染対策も十分に行われました。
海外の例を見ると、イギリスは昨年7月に新型コロナウイルスの影響で営業や活動の停止を余儀なくされた国内の文化や芸術などに携わる団体を対象に約2,000億円の財政支援策(Culture Recovery Fund)を発表し、民間のライブハウスやコンサート会場、独立系の映画館に対して支援金の提供を行いました。その他にも文化芸術施設や文化遺産などに支援を行うとともに、HereForCultureと題したキャンペーンを実施してアートを支援する機運醸成にも取り組んでいます。ドイツもウイルスの感染が拡大した早い段階で「アーティストは社会にとって不可欠な存在である」との立場を明確にし、文化施設や芸術家に対する支援を約束しました。フランスでは、舞台や映画産業のフリーランス労働者を支援するための「アンテルミタン・デュ・スペクタクル(intermittent du spectacle:IDS)」という制度があります。1930年代に映画産業で始まり現在まで続くこの制度は、短期の契約を繰り返しながら芸術の仕事に携わる俳優や技術者などの不定期労働者を対象としており、職種によって期間は異なりますが、対象期間中に一定時間以上その仕事に従事すると、翌年または契約が途切れた期間に失業保険を受給する資格を得ることができます。新型コロナウイルスの感染拡大により、受給条件が緩和されただけでなく、外出禁止措置の間は受給期間が延長されることになりました。
特にヨーロッパではアートが社会に根差しており、多くの人々にとって生活の一部となっている一方で、日本ではアートに対する理解不足の感が否めません。日本でも現場の人たちが声を上げることで少しずつ状況は改善されてきていますが、アートの灯が消えることのないよう、継続的な支援が求められます。
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