契約書翻訳、経済翻訳、政治翻訳、スポーツ翻訳担当の佐々木です。
今回のテーマは私たちの生活に関わっている契約と法律についての第2回です。
前回のコラムでは、典型契約のうち賃貸借契約までを取り上げました。賃借人は賃貸人よりも立場が弱いため、賃借人は借地借家法で保護されています。ちなみに、読み方ですが、「しゃくちしゃっかほう」でも「しゃくちしゃくやほう」でもどちらでも間違いではありません。 借地借家法の趣旨は、第一条で「建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権の存続期間、効力等並びに建物の賃貸借の契約の更新、効力等に関し特別の定めをするとともに、借地条件の変更等の裁判手続に関し必要な事項を定めるものとする」と記されています。 まずは借地権ですが、契約の存続期間は30年以上でなければなりません。期間を特に定めなかった、または30年より短い期間を定めた場合でも30年となります。30年よりも長い期間で契約した場合はその期間となり、上限はありません。存続期間の満了後、建物が存在する場合、借地人は契約の更新を請求することができ、原則として前の契約と同条件で更新したものとみなされます。 また、借地人が契約の更新を請求しなくても、土地の使用を継続してその土地に建物がある場合は、契約が更新されます。更新後の存続期間ですが、最初が20年以上、2回目以降は10年以上となっています。しかし、地主(借地権設定者、または借地権者)が異議申し立てをし、正当な事由が認められると判断された場合、更新はなされません。
次に借家権ですが、契約の存続期間については上限がありません。また、1年未満とした場合も期間の定めがないものとされます。
しかし、公正証書などの書面による契約の場合、存続期間を1年未満とすることも可能となっています。公正証書とは、法務大臣が任命する公証人が公証人法や民法などに従って作成する文書で、一般的な文書よりも高い証明力があり、強い法的効力が認められています。
遺言や金銭の賃借、離婚の養育費や慰謝料などに関する公正証書があり、例えばお金を貸した相手が期限になっても返済をしない場合、公正証書を作成していると、裁判をすることなく強制執行をすることができます。公正証書の作成には契約金額に応じて手数料がかかりますので事前に確認が必要ですが、重要な契約の際には選択肢の一つとして検討する価値は十分にあるでしょう。
賃貸借契約に存続期間の定めがある場合、賃貸人、もしくは賃借人のどちらかが、期間満了の6か月前までに相手方に対して更新拒絶の通知をしなければ、前の契約と同条件で更新したものとみなされます。 また、借地権と同様に、賃貸人から解約を申し入れる場合は正当な事由が必要となってきます。しかし、正当な事由の解約申し入れがなされ、6か月が経過したにもかかわらず、賃借人が建物の使用を継続している場合、賃貸人が遅滞なく異議を述べなければ、契約が更新されます。 また、賃借人は、賃貸人の同意を得て建物に追加した造作(建具や畳など)を、賃貸借契約終了時に賃貸人に対して時価での買い取りを請求することができます(造作買取請求権)。
一つ気をつけなくてはならないのが、駐車場の賃貸借契約です。駐車場契約は借地借家法の適用がありませんので、例えば契約期間満了で駐車場の明け渡しを求められた場合には従わなければなりません。 貸主が駐車場の経営をする際には駐車場法や道路法、道路交通法に注意が必要です。また、駐車スペースの面積が500平方メートル以上あり、料金を徴収する場合は、都道府県知事への届け出が必要となります(月極や従業員専用など、利用者が限定されている駐車場は届け出不要です)。
月極などで駐車場を借りる際には、いくつか注意するポイントがあります。まずは駐車場の幅や奥行きが車のサイズに合っているかどうかです。料金が安いからといって契約してみたら、軽自動車用のスペースだったというケースも実際にあるようです。
また、スペースは十分でも駐車場の中で止めづらい場所にある可能性もあるので、可能であれば事前に下見をすることをお勧めします。また、夜間の状況を確認することも重要です。電灯が設営されていて人通りが多い場所であれば、車上荒らしやいたずらの危険性が低くなります。
また、見落としがちなのが、駐車スペースの上に電線や木の枝があると、鳥のフンや落ち葉で車が汚れてしまうので、注意しましょう。最近は24時間の監視カメラが取り付けられている駐車場もありますが、駐車場の管理会社についても、万が一トラブルに巻き込まれた際にきちんと対応してくれるところかどうかを見極めなくてはならないでしょう。
次に紹介する典型契約は雇用契約です。雇用契約とは、労働者が使用者の指揮命令の下で労働力の提供を約束し、その労働力に対して使用者が賃金を支払うことを約束した契約です。雇用契約は民法の第623条から631条に規定があります。
例えば、第623条では、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」と定められています。しかし、民法だけでは、立場の弱い労働者にとって不利な雇用契約となるケースが多いため、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法のいわゆる労働三法を代表とするさまざまな法律で労働者は守られています。
まずは労働基準法です。第一条で、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」とされているとおり、労働者の生活を保護することを目的とした法律で、労働条件の原則、労使対等の原則、均等待遇の原則、男女同一賃金の原則、強制労働禁止の原則、中間搾取排除の原則、公民権行使の保障の原則という7つの基本原則があります。
また、労働基準法には賃金やその支払い、労働時間、就業場所や休日、休暇、時間外労働、有給休暇、退職などに関する基準が明記されており、労働契約を締結する際にはこれらの労働条件について契約書に明記し、使用者は労働者に十分な説明をしなければなりません。労働条件を契約書に記載し、事前に十分な説明があったとしても、労働基準法で定めた基準以下の労働条件である場合、その契約は無効となり、違反した場合は懲役や罰金などが科せられることもあります。
また、解雇(契約の解除)についても、労働者は保護されています。解雇には、普通解雇、整理解雇、懲戒解雇の3種類があります。
まず、普通解雇は、就業規則に記載されている解雇事由に相当する事実があった場合に行われます。例えば、健康上の理由により長期間回復の見込みがない、職務遂行能力が著しく欠如しており、指導しても改善の見込みがない場合、普通解雇をすることができます。
次に整理解雇は、会社の経営悪化により、人員削減をするための解雇です。しかし、解雇をするためには、人員削減の必要性、解雇回避努力の履行、被解雇者選定の合理性、手続きの妥当性の要件をすべて満たさなければなりません。この4要件は東洋酸素事件の判例として昭和54年に東京高等裁判所で示されたもので、長い間、整理解雇の根拠となってきましたが、近年はすべてを満たさなくても解雇が認められるケースも出てきています。
懲戒解雇(公務員は懲戒免職)は制裁の要素が強く、従業員が極めて悪質な規律違反を犯した場合などに行われます。例を挙げると、会社の金を横領した、就業中に飲酒をした、採用時に重大な経歴詐称をした、正当な理由なく長期間無断欠勤をした、などです。
懲戒解雇は即時に解雇するというのが一般的で、退職金を減額、もしくは全額支払わないといったケースもあります。即日解雇をする場合には、「解雇予告除外認定」の申請をし、許可を受けなければなりません。
ドラマなどで、上司が部下に対して「クビだ!」と告げるシーンが出てきますが、実際には労働基準法に違反しており、解雇は認められません。まず、会社側は就業規則と労働契約書に、どのようなときに解雇されることがあるか(解雇事由)を明示しなければなりません。
しかし、解雇事由が明示されていたとしても、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。
解雇が可能な場合でも、解雇しようとする従業員に対して30日前までに解雇の予告をする必要があります。予告は口頭でも可能ですが、トラブルを防ぐためにも解雇日と具体的理由を明記した「解雇通知書」を作成してもらいましょう。予告を行わずに解雇する場合は、最低で30日分の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければなりません。しかし、試用期間中で採用後14日以内の労働者、4か月以内の季節労働者、2か月以内の短期雇用契約を結んでいる労働者、日雇労働者は、解雇予告が適用されませんので注意が必要です。
また、1986年に施行された男女雇用機会均等法の第9条では、女性労働者の結婚、妊娠、出産を理由として解雇してはならないと定めており、妊娠中、もしくは出産後1年以内に解雇することは、事業主が妊娠などを理由とする解雇でないことを証明しない限り無効とされています。
アルバイトの雇用契約も労働契約のため、原則として労働基準法が適用され、労働時間や賃金、解雇などに関する制限が与えられます。
労働三法の二つめは労働組合法です。労働組合と聞くと、賃上げや労働条件の改善を求めてストライキをしているイメージがある人も多いと思いますが、労働者が団結をし(団結権)、使用者と団体交渉(団体交渉権)、または団体行動をする権利(団体行動権)は日本国憲法の第28条で保証されています。
労働組合法自体は全33条と短いものですが、労働組合に対して使用者との間で「労働協約」を締結する権利を与え、使用者には労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入、もしくは結成しようとしたことに対し、その労働者を解雇、または不利益な扱いをしたり、労働組合に参加、脱退することを雇用条件にしたりすることを禁じています。
現在、日本には5万以上の労働組合があり、組合員数も1,000万人います。労働組合は企業ごとに作られますが、同業の労働組合が結集してさらに大きな労働組合を、さらに産業別の組合が全国的な規模の組織を形成し、政府への要請活動などを行っています。
2004年にプロ野球でストライキが行われましたが、日本プロ野球選手会も労働組合として認定されています。ストライキに至った経緯は、当時の近鉄バッファローズとオリックス・ブルーウェーブがチームの合併を発表し、将来的には球団数を削減して1リーグ制への移行が見込まれていました。それに対して日本プロ野球界は強く反発し、合併を1年間凍結することと次シーズンからの合併が行われた場合はストライキ権行使の可能性を決めました。
その後、球団側と選手会で話し合いが行われ、いったんはストライキが回避されましたが、その後の交渉で決裂、日本プロ野球史上初のストライキが実行されます。ストライキ後にあらためて団体交渉が開かれ、12球団制の維持などで合意に達し、問題は収束しましたが、当時は大きなニュースとして連日取り上げられていました。
ちなみに、アメリカのメジャーリーグでも過去に3度のストライキが行われていますが、ファン離れによるダメージも大きく、球団だけでなく選手にとってもリスクがあるため、近年はストライキまで至るケースはありません。
労働三法の三つ目は労働関係調整法です。「労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防し、解決して、産業の平和を維持し、経済の興隆に寄与すること(第1条)」を目的として、1946年に施行されました。
労働争議とは、労働条件などをめぐって労働者と使用者の間で対立、争われることで、労働組合法で認められています。代表的な争議行為の一つはストライキですが、社会的影響が大きい場合に制限を設けているのも労働関係調整法です。
大前提として、労働争議が発生した場合には、誠意をもって自主的に解決するように努力しなければなりません(第2条)。当事者間で解決に至らない場合は独立行政委員会である労働委員会への申請によって、労働争議の調整(斡旋、調停、仲裁)、不当労働行為の審査、労働組合の資格審査などを行います。
労働委員会は労働組合法に基づいて設置された機関で、中央労働委員会と各都道府に労働委員会があります。斡旋は労働者側、使用者側のどちらでも申請することができ、斡旋と調整は拘束力がありませんが、仲裁の裁定は労働協約と同一の効力を持っています。
中央労働委員会の資料によると、毎年500件前後の取り扱いがあり、約半数が解決し、ここ数年は仲裁のケースがありません。ホームページには過去の事例も掲載されているので、参考にしてみるのもいいでしょう。
近年は日本でも労働形態の多様化が進み、派遣社員や契約社員などの非正規労働者が全雇用者の約40%を占める時代になったため、労働契約についての基準を明確にする必要があるということで、労働契約法が2008年に施行されました。
労働契約には、労働契約の締結や変更は労使対等の立場における合意を原則とする、労働契約の締結や変更は均衡を考慮することが重要、労働契約の締結や変更は仕事と生活の調和(ワークライフバランス)に配慮することが重要、労働者と使用者は労働契約を順守するとともに、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行する、労働者と使用者は労働契約に基づく権利の行使を濫用してはならない、の5原則があります。
また、第5条には、「使用者は労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との条項があり、「生命、身体等」には過労死やうつ病などを発症しての自殺なども含まれているため、損害賠償を請求する際の根拠にもなります。
日本では、バブル経済崩壊後に労働、雇用環境が大きく変化し、長時間労働や厳しいノルマなどが課せられた結果、過労死やうつ病による自殺が増加し、社会問題化しました。かつては働き盛りの男性が圧倒的に大多数を占めていましたが、若い世代や女性にも増えているのが現状です。
労働基準法では、法定労働時間を1日8時間、1週間40時間と定め、これを超える場合には労使協定(三六協定)を締結することを義務づけており、上限も原則として1年間で360時間としていますが、過去に過労死で争われた裁判を見てみますと、1か月の時間外労働が100時間を超えていた事例も少なくありません。あくまでも明るみに出たケースですので、同じような環境で我慢して働き続けている人も数多く存在するのではないでしょうか。
三六(さぶろく)協定とは、労働基準法第36条に基づく労使協定で、使用者が法定労働時間を超える時間外労働を命令する際に必要となります。三六協定を締結しても無制限に時間外労働を命令することは不可能で、1週間で15時間、1か月で45時間、1年間で360時間の上限が定められています。
しかし、労使の合意があれば、特別条項付の三六協定を締結することができ、上限の時間を延長して労働させることができます。例えば、予算や決算業務、機械トラブルへの対応などは特別の事情として認められます。しかし、一時的、または突発的であり、全体として1年の半分を超えないことが条件となっています。
このように、時間外労働についてはさまざまな基準があり、労働者は保護されていますが、実際には基準が守られていないケースも多いと思われます。しかし、雇用環境は依然として厳しいため、サービス残業や過重なノルマなどに耐えなければならない労働者も少なくないのが現状です。また、過労死は日本だけでなく、今は世界中で問題となっています。
特に経済発展が著しい開発途上国では労働環境が整備されていないため、劣悪な条件での労働が強いられるケースも多々報告されています。各国の詳しい状況については、次回のコラムで取り上げていきます。
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